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大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)230号 判決 1967年4月19日

控訴人(附帯被控訴人)

西村武雄

右訴訟代理人

田畑政男

右訴訟復代理人

田中美智男

被控訴人(附帯控訴人)

浜田広子

右訴訟代理人

江村重蔵

安若俊二

主文

控訴人の控訴を棄却する。

附帯控訴に基づき原判決を次の通り変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し金一、一四三、六七三円及び内金四〇〇、〇〇〇円に対する昭和三〇年四月一二日以降、内金六四九、五〇〇円に対する昭和三三年四月二四日以降、内金九四、一七三円に対する昭和三六年一〇月二四日以降各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも(附帯控訴費用を含む)これを五分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)、その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

この判決は被控訴人(附帯控訴人)勝訴部分に限り金一五〇、〇〇〇円の担保により、仮りに執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と称する)代理人は、控訴につき、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決を求めた。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人と称する)は、控訴につき主文第一項同旨の判決を求め、附帯控訴につき、「原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。控訴人は被控訴人に対し金一、三九一、五六五円及び内金四〇〇、〇〇〇円に対し昭和三〇年四月一二日から、内金九九一、五六五円に対し昭和三三年四月二四日から(もし慰藉料認定額が金三〇〇、〇〇〇円以下のときは、内金三〇〇、〇〇〇円に対し昭和三〇年四月一二日から、内金一、〇九一、五六五円に対し昭和三三年四月二四日から)右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用(弁護士報酬を含む)は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実に関する主張、証拠の提出援用認否は、被控訴代理人において、被控訴人が本件事故により蒙つた損害は、(甲)医療費一五五、五六五円(内訳、原審主張通り)、(乙)得べかりし利益喪失額一、三八八、七六八円、内訳、(一)洋裁内職による収入五一、〇一〇円、(二)高島屋加工部の退職までの収入二八〇、〇〇〇円、(三)今後二九年間に得べかりし収入一、〇五七、七五八円(原審主張通り、但し計算上四円増加)の全額、右合計一、五四四、三三三円の内金九九一、五六五円(仮りに控訴人の過失相殺額があるとすれば、右を控除した残金の内金として請求する)但し、もし後記慰藉料が金三〇〇、〇〇〇円以下に定められるときは、右(乙)の請求金額を一、〇九一、五六五円とする。(丙)慰藉料四〇〇、〇〇〇円(婚期に在る女性が完全に不具とせられたことによる精神的苦痛として右金額が相当)、以上合計一、三九一、五六五円に達するところ、そのうち原審認容額は九六四、八七六円であるから、その差額を附帯控訴により請求する。なお被控訴人の弁護士報酬は損害賠償額に含めるべきものであるから、裁判所において本件弁護士報酬として相当額に認定し、訴訟費用として負担せしめることを求める。<後略>

理由

昭和三〇年四月一一日午後六時頃大阪市南区御堂筋(西側緩行車道)と大宝寺西之町通りを東西に通ずる道路との交差点附近にて軽二輪自動車を運転した控訴人が被控訴人と接触し同人を顛倒、負傷せしめたことは当事者間に争いがない。そこで右事故が控訴人の過失に因つて生じたか否かにつき検討する。

<証拠略>を総合すると、次の事実が認められる。即ち、控訴人は右事故の前約三〇分頃まで南区難波新地のスタンドで日本酒銚子一本を飲んだ上、同人所有の軽二輪自動車(いわいるオートバイで、最高時速二五〇粁を出す性能のもの)に搭乗して御堂筋西側緩行車道を時速約三〇粁で北進し事故現場の交差点手前に差蒐つたが、控訴人の前には自転車約二台が先行し、かつ交差点附近に一台の自動車が一時停止し、間もなく発進したので、控訴人は右交差点手前で一旦減速したが間もなくアクセルを踏み加速して先行自転車に次いで緩行車道の中央より稍東寄りを北進した。一方被控訴人は、御堂筋西側歩道を北へ歩行していたが、右交差点附近で御堂筋を西より東(同所の東正面が大丸百貨店と十合百貨店の中間となる)へ横断しようとして、大宝寺西之町通りの中央附近で前記緩行車道に踏出した。その時被控訴人は右側即ち南方から前記の自転車約二台とこれにつづいて控訴人の運転するオートバイの北進して来るのを認めたが、なお横断する余裕があるものと考えて小走りで横断を開始したところ、右自転車及びオートバイの速度が予想外に早く、忽ち近距離に接近して来たので度を失い、先行の自転車を避けるべく反射的に一、二歩後退した。控訴人は前方の注視を怠つていたため横断する被控訴人の発見が遅れ、約三米の近距離に接近して初めて同人を発見し、危険を感じて左方に回避しようとしたが、前記の通り加速した折柄でもあり、路上の被控訴人を回避する余裕がなく、オートバイのハンドルを被控訴人の腰に突き当てて同人を右交差点稍中央附近の緩行車道上に転倒せしめて後記の通り負傷せしめた。当時右交差点には横断歩道の標識等はなかつたが、横断が禁止されていたことの証明はない。以上の通り認められ、右認定に反する≪証拠略≫は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右事実によると、本件事故の原因は、控訴人の飲酒運転のため注意力が散漫となり、前方注視を怠つた結果、至近距離に接近するまで被控訴人の交差点横断歩行を発見し得なかつたことが原因であり、同所は横断可能の交差点であるから、歩行者の通行は当然予期し、その有無を注視して進行すべき義務のあるのは当然で、当時被控訴人の発見を妨げる何等かの障害物があつたということは、当審における控訴人本人尋問の結果によつても認め得ないから、控訴人は右の前方注視を怠つた過失のあることは極めて明白である(被控訴人が控訴人のオートバイや、それに僅かに先行する自転車の近接のため、度を失い、一方の回避のため右往左往したため控訴人の回避運動を一層困難したことは、すでに回避困難の域に置かれた婦人通行者の突嗟の反射的行為であつて、事故の直接原因ではなく、被害者をこのような狼狽の状態に陥れた控訴人の急速な近接行為の原因こそが事故の原因と見るべきである)。

なお、後記の過失相殺の主張に関し、右事故につき被控訴人にも過失があつたか否かにつき判断するに、前認定事実によれば、被控訴人は右手即ち南方より控訴人のオートバイとそれに先行する自転車約二台の北進して来るのを認めながら、なお横断の余裕があるものと軽信し緩行車道に出て小走りに横断を開始したところ、被控訴人の予想に反して控訴人や右自転車の接近が早く(即ち、客観的に見れば車の近接までに横断の余裕がなかつたもの)、被控訴人自身で危険を感じて冷静な判断の余地を失い、いわいる窮地に陥つたという反面的事実を認めない訳にはゆかず、右交差点において当時横断歩道の標識や、信号機の設備等がなかつた点を考慮すると、被控訴人の右横断開始は、大阪市内の目抜きの大通りでしかも交通頻繁な御堂筋において横断設備不完全な交差点通行行為としては、北行車輛等よりの自己の安全保持につき充分に余裕を置く様に注意を払つた上の行為とは認め難く、この点につき被控訴人にも若干の過失があつたものと認むべきである(被控訴人の接触直前の後退行為は、事故原因としての過失と認め難いことは前述の通りで、この点の過失を指摘する控訴人の主張は理由がない)。

次に本件事故により被控訴人の蒙つた傷害、その療養経過、その間の被控訴人の収入状況、並びに損害賠償額のうち(甲)医療費、(乙)得べかりし利益の喪失額のうち(一)洋裁内職による収入、(二)高島屋加工部退職までの収入の判断、控訴人の示談の抗弁に対する判断についての当裁判所の見解は左記の点につき附加、訂正するほか、原判決理由記載中の該当部分と同一であるから、原判決理由中の該当部分<省略>をここに引用する。

そうすると、被控訴人の蒙つた物的損害は、前記各認定金額の合計金一、四一二、七〇八円となる。

ところで右の内、被控訴人が本訴で請求する分は金九九一、五六五円であるから、これに対する控訴人の過失相殺の抗弁について按ずるに、本件事故につき被控訴人にも過失があつたことは前認定の通りであり、その程度、内容を控訴人の過失に比定するとその四分の一と認めるを相当とする。よつて右認定の損害額につき右過失を斟酌すると、控訴人の右損害についての賠償義務は金七四三、六七三円と認むべきである。被控訴人は、被控訴人の過失は、前記総損害額につき斟酌し、被控訴人の請求以外の分より控除すべき旨主張するけれども、過失相殺は特定の請求権に対する抗弁権ではなく、公平の見地より認められる理論であるから、債権者においてその斟酌、控除される対象を指定することは許されず、また前記請求額以外の損害額は、本訴の対象(即ち、訴訟において請求原因として主張されるもの)となつていない権利であるから、元来本訴内における過失相殺の対象ともならない。よつて右被控訴人の主張は採用できない。

そして被控訴人は右のうち金八六六、〇〇〇円(訴状請求金額よりその内慰藉料額五〇〇、〇〇〇円を除いた分)を訴状で請求しているから、この分につき過失相殺の上認容した金六四九、五〇〇円については訴状送達翌日たる昭和三三年四月二四日から完済まで、その余を昭和三六年一〇月二三日に陳述された同月一七日付準備書面により請求していること記録により明白であるから、この分については右陳述の翌日たる同月二四日以降完済まで控訴人において各年五分の損害金を附加支払う義務がある。

次に慰藉料の額につき検討するに、原審認定の諸事情<省略>に、被控訴人の当審における本人尋問の結果により認められるように、被控訴人が昭和二年八月一八日生れで、事故当時は満二七年余、現在は満三九年余の未婚の女性であつて、左足の厳行のみならず、両足の交叉が不能で座居ができないこと、正常分娩も不能で結婚出産に重大な支障があり、現に結婚話にも失敗していること、このような終生までの後遺症は、前途のあつた婦人にとつて精神上重大な痛恨、打撃であることを考慮に入れると、被控訴人に対する慰藉料は金四〇〇、〇〇〇円を以て相当と認める。そして控訴人は右金員につき不法行為の翌日たる昭和三〇年四月一二日以降完済まで年五分の損害金の支払義務がある。

そうすれば、被控訴人の請求は、前認定の範囲内で正当として認容すべきであるから、その一部を認容した原判決に対する控訴人の控訴は理由のないものとして棄却し、被控訴人の附帯控訴に基づき、原判決を変更し、右合計金員一、一四三、六七三円及び内金四〇〇、〇〇〇円に対する昭和三〇年四月一二日以降、内金六四九、五〇〇円に対する昭和三三年四月二四日以降、内金九四、一七三円に対する昭和三六年一〇月二四日以降各完済まで年五分の割合の金員の支払義務を認め、その余の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用(被控訴人主張の弁護士費用は、法定訴訟費用としては認容できない)につき民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。(宮川種一郎 黒川正昭 小谷卓男)

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